かじさんのつれづれなるままに

映画や読書 スポーツ(相撲)についてぼちぼち書き込むブログです

『青春の蹉跌』

母は嫌な気がした。
何だか、法律知識をまなんだことによって、
この子はだんだん悪くなって行くのではないかという不安を感じた。
法律を味方につけ、法律を楯にとって、他人の愛情も善意も踏みにじって、
自分の慾欲を合理化し合法化しながら、
世の中を押しわたって行こうとしているのではないかと思われた。
大橋登美子さんという人についても、相手をうまく言いくるめ、
法律的な逃げ手をつくって置いて、上手に瞞しているのかも知れない。
もしそうだとしたら、これは大変なことだと母は思った。

      
『青春の蹉跌』
石川達三 著 新潮社文庫

主人公 江藤賢一郎は嫌な人です。
法学部に在籍し、司法試験を受けて出世するつもりでいます。
 
裁判官や判事など、法関係の職業を目指す人々の動機はさまざまで、
皆がみな「正義の為」というわけではないでしょう。
江藤のように立身出世のためという人も当然いるのでしょう。
(でもこんな人間に、裁判なんかしてもらいたくない。)

江藤の家は貧しいけれど、資産家のおじが学資を出してくれています。
それも、江藤がいずれ出世すると見込んでのことです。
そして出世すれば、三女 康子と結婚させる気でいます。

江藤は康子と結婚して財産を手に入れ、司法試験に合格して
名声と社会的地位を得ようともくろんでいます。
愛なんかなくても康子と結婚するつもりです。
江藤にとって愛なんて価値はないのです。

ところで江藤は大橋登美子という学生とつきあっています。
結婚なんてさらさら考えていません。
単に肉体の快楽のためにつきあっています。
適当なところで別れて、康子と結婚するつもりでした。

登美子には「僕たちはまだ学生だし、先のことは分からない。結婚は約束できない」と
うまく言いくるめてするすると付き合っていました。
江藤は賢いから、いずれ登美子を説き伏せてうまく別れるつもりだったのです。

ところがどっこい。
賢い江藤賢一郎の浅はかさ。

いくら法律に詳しくて頭が良くても、人間関係においては
江藤ははなはだ未熟だったのです。ことに女性に関しては見通しが甘い!
だいたい、理屈で女を説き伏せられると思っているところが
甘いのです。
自分の頭脳を過信して、理詰めですべてうまくいくと思っていらっしゃる。
だが、男と女の仲はそんな理屈で片がつくものではありません。
男は理屈を通す。
でも女は感情で通します。
江藤の理屈なんか、女の前では無意味なのです。

うまく二股かけて、いずれ康子と結婚するつもりが、
江藤はどんどん追い詰められていくのでした。

主人公の江藤に私は全く同情しません。
人間に対する誠実さもやさしさもあたたかさも道徳もありません。
頭がいいだけで打算的、自己中心的な人物です。
彼がまっとうになるチャンスはあるのでしょうか?
わずかながら、良心はあるらしいのですが。