かじさんのつれづれなるままに

映画や読書 スポーツ(相撲)についてぼちぼち書き込むブログです

3月のライオン

久しぶりに何か書いてみよう。
今回は読んだマンガのことについて。
 
 
主人公の桐山零君は中学生で将棋のプロになりました。
プロというと、まず「凄い」と私は思います。
好きで好きで、一生懸命努力したんだろうなと
単純に考えます。
 

サッカー選手でも野球選手でも、
サッカーにしろ、野球にしろ
プロを目指す人はその競技が好きで、
「憧れて」がんばるというパターンが多いのではないかと思います。
将来の夢はと聞かれて「サッカー選手!」とか「野球選手!」と答えるような子が
プロになるものだと思います。
 

でも、プロになる人でもその道が好きでやっている人ばかりではないかもしれません。。
好きというわけでもないけれど、そこそこ才能がある。
周囲の者も勧める。
プロとしてやっていけるかもしれない。
そんな成り行きでプロになった人も、ひょっとするといるかもしれません。
 
 
そして、桐山零君の場合は、
ひたすらに「自分の居場所」が欲しかったから
というのが大きな理由のようです。
家族を亡くして、友人もいなくて、そんな彼の居場所は将棋しかなかったのです。
将棋でがんばって認められたら居場所ができる、
そんな思いで将棋にのめりこんだのです。
でも、将棋が好きかどうかと訊かれたら?
嫌いではないでしょうけれど、
何がなんでも将棋が好きかと聞かれたら、桐山君の場合はどうなのでしょうか?
 
 
好きでやっているわけではない場合、壁にぶつかったときに
乗り越えることが難しいと思います。
どうしても乗り越えたいというモチベーションがないからです。
しかし、
「好き」だけではプロとして続けていくのは難しいです。
でも、「好き」でなければ続けられません。
プロになったら上に向かって上り続けるしかありません。
立ち止まったらずるずると落ちます。
打ちのめされても続けていけるだけの底力はどこから出てくるのでしょうか?
やっぱり「好き」だからというエネルギーが必要なのではないでしょうか?
 
難しいですね。