かじさんのつれづれなるままに

映画や読書 スポーツ(相撲)についてぼちぼち書き込むブログです

小説『壬生義士伝』

よく晴れた冬の日は、おもてに駐車した車の中で
本を読みます。
車の中は日差しを受けて暖かく、暖房いらずです。
それに車の中は部屋の中と違って
シンプルな空間なのでとても集中できます。
(しかし私の車の中は、後部座席に本や新聞や雑誌が
乱雑に置かれていて、やはり物置状態です。)


映画を見ていまひとつ納得がいかなかったのですが、
小説を読むと吉村の凄さはよく分かりました。
映画でも吉村の人となりはあらかた描かれていましたが、
活字で読んで、さらに細部まで吉村の人格が肉付けされていく
感じでした。


新選組のお仲間たちはみな、わしを出稼ぎ浪人と噂した。守銭奴と呼んだ。
したどもわしは、わしの行いが士道に背くことだとはどうしても
思えながった。
何となれば、武士のつとめは民草の暮らしを安んずることなのす。
まずもって養うべき民草とは、おのれの妻と子だと思うのす。
孔子様は仁と申され義と言われるが、人の道はまずもって、妻子への仁と義
より始まるのではござらぬか。

    (浅田次郎著 『壬生義士伝』上巻より)

これです、これ。この一言が聞きたかった。
この文を読んだとき、一本の筋がびしっと通ったと感じました。
ただの家族愛にとどまらぬ、もっと深く力強い意思が吉村にはあります。
「武士のつとめは民草の暮らしを安んずること」という
強い意志があるから、守銭奴だと言われようが
彼の行いは一貫しているのです。

さらに吉村は言います。


戦にて死ぬることこそがあっぱれ武士の誉れじゃなどと、
いってえどこの誰がそんたな馬鹿なことを言い始めたのでござんすか。
わしはわしなりに四書五経をば修めてしみじみ思うた。
孔子様はそんたなこと、ひとっこともおっしゃられてはおられね。
君に忠、親に孝とは申されても、忠孝のために死せよとは申されてね。
・・・略・・・
生きることこそが武士じゃと、生きて忠孝のかぎりば尽くし、畳の上に死するが
武士の誉れじゃと、わしはあの子供らひとりひとりに、教えてやりたがった。
・・・略・・・
徳川の世でも、薩摩長州の世でもいい。
生きて生き抜いて、民草のために尽くすことこそが、あっぱれ
南部武士の誉れじゃぞ。
この思い、届きあんすか。
  
   (同上)

これを読んで、私はますます吉村のことが好きになりました。
いいお人だなあ、吉村さんは。
「生きて民草のために尽くす」、なんとまっとうな考えでしょうか。

先の大戦で「お国のため」とか「天皇陛下のため」と言って
多くの人が命を失いましたが、
多分吉村なら言うでしょう。
「生きて生き抜いて、民草のために尽くすことこそが誉れである」と。

とすると、やはり疑問が残ります。
吉村は尊皇攘夷とかいう大義なんかのために死ぬ人ではない。
ではなぜ彼は
「一天万乗の天皇様に弓引くともりはござらねども、
拙者は義のために戦ばせねばなり申さん」
と言って自ら官軍に突撃したのでしょうか??


つづく